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卒業生ブログ
赤木研の皆様(59卒 久保徹)
作者 久保 徹   
2012/10/01 Monday 14:03:44 JST


赤木先生、赤木研の皆様、こんにちは。赤木研一期生の久保 徹です。昭和59年度の卒論で赤木先生にお世話になりました。既に投稿している村元君と同期で、一緒に卒論の研究を行いました。現在、私は神奈川県庁 に勤務しており、県土整備局技術管理課におります。このたびは卒業生のブログをご紹介頂きましたので、赤木研の思い出や現在の仕事、生活などについて書かせて頂きます。

【赤木研誕生】

 当時、先生はまだ専任講師で、卒論の学部生11名とは、あまり歳が離れていなかったので、先生というよりは先輩、特に酒を飲んでいる時には兄貴分と遊んでいるような雰囲気でした。解析グループと実験グループに分かれ、地下の薄暗い研究室の中で、データと粘土と埃にまみれながら毎日を過ごしました。先生も子供が生まれたばかりで、全員で自宅に遊びに行き、長男を抱かせてもらった思い出があります。
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  (赤木先生の自宅にて 先生の長男を抱いているのが筆者 1985.2.17)


【神奈川県庁の仕事】

 私は昭和60年4月に神奈川県庁に就職し、最初の配属先は横須賀土木事務所でした。横須賀というと米軍基地や港町のイメージくらいしかないかもしれませんが、三浦半島には大きな活断層が何本も走っており、山坂が多く地質構造も複雑です。地質時代でいう新第三紀に属する葉山層群という強風化泥岩層があって、土木工事で掘削する時には大変気を遣う地域です。私はここで3年間、砂防事業や地すべり対策事業を担当し、本物の粘土(泥岩層)と格闘しました。

 県の技術職について、皆さんはあまり馴染みがないかもしれませんので、最初に簡単に紹介しておきます。

 地方公務員の技術職には土木職の他、農業土木や建築や機械、電気など様々な職種がありますが、この中でも人数は土木職が最も多く、仕事は県内の都市基盤整備(道路や河川、公園、下水道など)の調査、計画の企画・立案から予算の獲得、工事費の積算(入札予定価格の算出)、契約後の現場管理、完成検査、施設の維持管理に至るまで、全ての業務をまかなう技術屋です。ゼネコンやコンサルタントと違い、難解な解析や現場を動かすことはありませんが、社会情勢を良く理解し、いま何が必要で、どこに、どの位お金をかけるのか、これらを専門家の視点で判断して企画・計画し、県民(議会や住民)に理解を求め、これを実行する責任を担っています。個々の場面で高度な技術力を求められることはありますが、役割としては総合的な判断をする、いわゆるトータルコーディネーターです。

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(私の生活、仕事のホームグラウンド 湘南海岸、稲村ヶ崎と江ノ島)


私も最初は出先事務所で事業の計画や設計、現場管理や施設管理などをやっていましたが、その後は本庁で予算管理や議会対応、次の職場では国際技術交流や海外研修生の受け入れ(現在は休止中)、さらに次の職場では出先事務所で都市計画道路(トンネル、橋りょう)の設計、工事管理・・・といった具合です。

   今は50歳を過ぎて担当者の立場ではなくなりましたが、この他にも首都圏サミットや全国知事会の事務局、新幹線新駅(新横浜~小田原間)の誘致など、実にバラエティーに富んだ(裏を返すと実に脈略のない)技術屋人生を送ってきました。

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(筆者が担当した夫婦橋架替え工事と交差点改良 1995年3月)

 

【思い出に残る仕事】

 年間2000万人以上の観光客が訪れる「箱根」では、国道1号、138号を始めとする幹線道路の管理や大涌谷の火山砂防の他、遊歩道整備や公園整備など公共事業の大半を神奈川県が行っています。集中豪雨や凍雪害対策、渋滞対策や土石流対策の他、火山活動の拡大で県道から蒸気が噴き出すなど、厳しい自然環境の中で住民や観光客の安全で快適な生活を守っています。
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(国道1号の台風豪雨による被災状況 2012年8月)

 小田原土木事務所の道路維持課長の時は、気の休まる暇のない責任の重さを感じながらも、箱根山を含めた県西部の道路交通を支えているという自負があり、大変充実した2年間でした。冬の箱根山は首都圏から近いこともあって、気軽にノーマルタイヤで上がってくる車が多いのですが、湯本までは気持ち良い冬晴れの日でも、宮ノ下を過ぎたあたりから雲行きが怪しくなり、大涌谷では吹雪になっているということが頻繁にあります。幹線道路には定点監視カメラが設置されており、この様子は事務所等で常に見ることができます。大粒の雪で見る間に道路が白くなり、車が立ち往生する様子は、何度見てもハラハラします。  
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  (箱根の除雪作業:平地でポカポカの晴天でも箱根ではこんな状態の日もあります)    
この情報は休日昼夜問わず逐一連絡が入り、課長の判断でチェーン装着等の発令をする仕組みになっています。この他、地震や集中豪雨による通行規制や交通事故、落石などの情報が随時入り、寝床はもちろん風呂やトイレの中まで、365日24時間ずっと携帯電話と共に働き続けました。

 平成23年1月2 日、新春恒例の箱根駅伝で早稲田大が山登りの5区で東洋大に抜かれ往路優勝を逃した日の晩、箱根山は猛吹雪でした。大会本部、日本テレビ、県警が翌朝、ス タートできるのかと心配する中、地元の建設業者が徹夜で除雪し、何とか復路開催にこぎ着けました。一時は除雪車に先導させてランナーを走らせようかという 話まで出ていました。私も徹夜で陣頭指揮を執りましたが、6区で高野選手が逆転し、総合優勝。思い出に残る正月になりました。
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(箱根駅伝 母校早稲田の力走)

 

【普段の生活】

 私は就職した当時から社会人サッカーリーグでプレーしておりましたが、シニアスポーツの普及・振興のお陰で、未だに現役選手として試合に出場しています。サッカーのように激しいスポーツは生涯スポーツに馴染まないと思われがちですが、40歳代、50歳代、60歳代、70歳代と年代ごとのリーグ戦、全国大会まで活躍の場が確立しており、常に目標を持ってサッカーを楽しめるようになりました。真剣勝負のリーグ戦の他、親善試合、交流のあるチームとの遠征試合など、これからも楽しみなことがたくさんあります。

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毎年恒例の北海道遠征 神奈川県庁サッカー部と函館市サッカー協会との交流戦
前列中央 青の37番が筆者

【後輩の皆さんに伝えたいこと】

 早稲田の学生なら、建設会社に就職するのには大手ゼネコンしか対象にならないでしょうが、地方自治体が相手にする建設会社には、地元の中小企業も多く、この大切さには、改めて強く思うところがあります。

 東日本大震災の応急復旧、復興を今更引き合いに出すまでもなく、地域で安心して生活できる暮らしを支えているのは紛れもなく地域の中小建設業者だといっても過言ではないと思っています。(もちろん医者や商店など他に必要なものもたくさんありますが)

 大学の授業で習うようなコンクリートの品質管理、盛土の締固め管理など、本当にこんな面倒なことをあの粗雑な工事現場でやっているのかと学生時代は思っていましたが、日に焼けたごつい手で重機を器用に操り、急な斜面でも丁張りを出し、コンクリート打設では教科書どおりにバイブレーターをかけ、型枠を叩いて気泡を抜き、とにかく質の良いものを造ることにプライドを持って真剣に働く地元業者の姿に、就職当時は驚いたものです。

 しかし、公共事業の激減で、重機を保有し、社員を雇用して技術者を育てる真面目な業者ほど、経営が苦しくなって倒れていく現実。真夜中に崖が崩れても、真っ先に現場に駆けつけて交通規制、安全の確保、2次崩落防止の応急措置をやるのは、これらの地域に住む、責任感の強い地元の中小企業なのですが。

 東日本大震災が、あと数年遅く発生していたら、東北地方の建設業者はもっと疲弊していて、救援作業、応急復旧作業はずっと遅れていただろうといわれていますが、このことは神奈川県のような都市部の県でも人ごとではなくなってきています。

 無駄な公共事業は無くさなければならない。しかし、必要な施設整備、適正な維持管理は絶対になくならないし、これを如何に地元の優良な中小企業に委ね、存続、共存していくか・・・。これが今、喫緊の大きな課題です。

 ひとつやり方を間違うといろいろ批判を受けることになりますが、真剣に社会の平和、住民生活の安心を考えると、何かやりきらなければならないことがあるように思います。

 もしこんなことを一緒に考え、実行したい方がいたら、将来の仕事として地方公務員という選択肢も考えてみて下さい。

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 (祝!日本ジオパーク認定 箱根外輪山と芦ノ湖、富士山)

 

最終更新日 ( 2012/11/09 Friday 10:34:17 JST )
 
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